5 退院と仕事について
さて、父の余命と自分の仕事について、Wパンチを受け私は焦っていました。
正直就職支援の仕事はもうしたくないのてすが、事態が落ち着くまではどこかで仕事をしな
ければと思っていました。
しかし毎日職場に行くのがだるく感じます。
首や肩が重たく、どんよりした気分が続きます。
また、自分がWパンチでしんどいのに、人の就職相談を聞くと更にだるさが増します。
退院 3月16日 (火)
父が退院した。
小細胞癌で先月余命1ヵ月と宣告されながらも、抗癌剤が効いたようで無事退院。
Wパンチのうち1つは解消された。
しかし不思議なものだ。
医者は余命1ヵ月と宣告したが、前月2人のヒーラーは揃ってそれを否定した。
医者よりヒーラーの方が正しいのだろうか。
でもまあ、とりあえず一安心。
退職 3月31日 (水)
若年者求職センター退職。
結局、ハローワーク等何ヶ所か面接に行ったが仕事は決まらなかった。
センターに対しては6年5ヵ月勤務したが、とくに名残惜しい気持ちはない。
もともと3月末で契約を終了するつもりであり、それが父の入院とその後の母のことを考え
混乱と焦りから、しばらくは勤めなくてはならないと思っていた。
父は無事退院、私の本当の気持ちはもう就職支援の仕事はしたくないのだ。
少なくとも当面はしたくない。
就職支援の仕事は適職相談、応募書類指導、面接対策の3つの相談が主である。
この相談を4000回以上受けると、言葉は悪いがこちらが飽和状態になってしまったので
ある。
なぜ、仕事が決まらなかったのか 4月2日 (金)
南方先生と京都のルームで会う。
お会いするのは「癒し−スピリチュアルフェア」を含めて3回目である。
先生に私の仕事が決まらなかったことを報告した。
先生は笑われながら「だって、あなたは就職支援の仕事をしたいと思っていないでしょう」
と言われた。
分かりますか。
確かに面接に行っても聞かれたことを淡々と答えているだけで、熱意はなかったと思う。
それに、やはり私自身混乱と焦りから仕事を続けなければと思っていたので、これは私の本
意ではないのだ。
決まらなくて当然であろう。
なぜ皿はなくなったのか 4月16日 (金)
この日も南方先生と京都のルームでお会いする。
それは、父の入院中に気になることが家で起こっていたからだ。
母が言うには「家で一番高価な皿がなくなったりする現象が起きている」のだそうだ。
皿以外にも母が育てている小さな植物や、母の洗顔クリーム(高いらしい)がなくなった
らしい。
私は母がボケているのかなとも思っていたので、この現象について相談してみた。
南方先生は「お母さんはボケていません。この現象は事実でしょう」と答えられた。
続けて「おそらく何かお母さんの価値観、意識の変化がこの事態を引き起こしているので
はないかと」と言われた。
「目に見えない力を受け入れなさい」というメッセージが母に届いているらしい。
「何も嫌な気は感じないので、大丈夫です」と話された。
私を除いて私の家系では、心理、スピリチュアルの信奉者はいない。
私が異質なのであるが。
だが、その異質な力を受け入れなさい、感じなさいと、天からのメッセージが母に届いて
いるようである。
その後
就職活動については当面しないことに決めました。
また、経済の問題が出てきたら考えないといけないかもしれません。
しばらくは、今後どうするかゆっくり考えたいと思います。
また父について退院はしましたが予断を許さない状況です。
再発の危険性も高く年内が勝負とのことです。
まぁ、とにかく、2月中旬以降父の余命と、私の解雇の件でWパンチを受け疲れました。
しばらくはゆっくりさせてください。
シンクロニシティに導かれて・第4章
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