6 永遠に
父は2月に余命1ヵ月の宣告を受けた後、奇跡的に回復をして3月中旬退院しました。
その後抗癌剤療法を受けましたが、小細胞癌の転移スピードは早く、再度入院の事態になり
ました。
再入院 6月18日 (金)
この日父は再入院をする。
最後の言葉 6月30日 (水)
昼からヒーラーの南方先生に会うために京都へ行く。
私の今後や父のこと等について話す。
先生はいつもセッションの際、クライエントの方の変化の「可能性を信じて」セッションを
行っていると伝えられた。
確かに。
セッションに限らず、どのような時でも、「可能性を信じる」ことは大切だと思う。
セッション終了後。
父の入院している病院に見舞いに行った。
少し話す。
父は随分弱気になっているなと感じた。
病室を出る直前、私は「よくなる可能性を信じて」と父に言葉をかけた。
父は心が動いたようで、泣いていた。
そして私が病室を出る際「また来てや」と一言。
この言葉が父から聞いた最後の言葉になった。
しかし不思議だ。
私が南方先生から聞いた「可能性を信じて」この言葉を、即父に向かって伝えるとは。
この言葉は私が父に伝えた最後の言葉でもある。
そして、父は私が見舞いに行くといつもは「忙しいだろうから、来なくていいよ」と
言っていたが、今日に限って「また来てや」・・・。
おそらく自分の運命を感じていたのであろう。
余命 1週間 7月6日 (火)
父の余命は1週間と宣告された。
見舞い行く。
モルヒネ(?)痛み止めを打たれており寝ている。
最後のコンタクト 7月8日 (木)
昨日より父の意識は混沌としている。しかし父はベッドの端を持って必死に起き上がろう
としている。
少し体は起き上がるが、結局は倒れてしまう。
しかし何度も何度も起き上がろうとしては倒れる。
この行動を繰り返しているのだ。
よほど家に帰りたいのだと思う。
意識も混沌としながら何度も起き上がろうとしては倒れていたが、
奇跡が起こった。
起き上がろうと体を起こした瞬間、私と目が合った。
そして私の方に手を伸ばしてきたのだ。
そして握手をする。
また父は倒れる。
でもまた起き上がろうとして体を起こして、私に手を伸ばしてくる。
3回父と握手をした。
一瞬意識が戻り、私を認識したのだと思う。
しかし、その後はまた体を起しては倒れる、これの繰り返しであり、私と目が合っても
私は目の中に入らないようだ。
この握手。
3回が、父との最後のコンタクトとなった。
永遠に 7月11日 (日)
早朝。
父は天に召された。
シンクロニシティ
2月、南方先生と出会った頃と同じくして、父の余命が知らされた。
当初の余命1ヵ月を否定されたのは南方先生であり、また、私が父に伝えた最後の言
葉、「可能性を信じて」も、南方先生から父に伝える当日に聞いたものである。
また私自身、南方先生とお会いして父に対する思いも整理出来、父の最後を穏やかに
迎えることが出来た。
南方先生との出会いは、私が父のことに対して心が平静でいることが出来るよう、
天が会わせてくれたのではないだろうか。
そのように感じてならない。
この出会いは意味ある偶然、シンクロニシティなのだろう。
シンクロニシティに導かれて・第4章
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